
菊池風磨さんの父は、シンガーソングライターの菊池常利さんです。
TWUNE名義でも活動している音楽家で、嵐のデビュー曲「A・RA・SHI」の作詞にも関わっています。
私が最初に気になったのは、単に「有名な作詞家の父がいる」という話だけではありませんでした。
まだ幼かった風磨さんは、世に出る前の「A・RA・SHI」をすでに耳にしていたと父が振り返っています。その後は嵐に憧れ、自ら履歴書を送って芸能界へ。そして大人になってからは、父子で一つの曲まで作っています。
こうして順番に見ると、「有名人の父を持つ息子」というだけでは収まらない父子のつながりが見えてきます。
菊池風磨の父・菊池常利はどんな人物?

画像出典:NEWSポストセブン
菊池常利さんは、作詞・作曲や楽曲提供まで手がけてきたシンガーソングライターです。
2026年現在もTWUNE名義で音楽活動を続けています。
菊池常利はどんな音楽活動をしてきた?
菊池常利さんは1989年、吉川正己さんと2人組デュオ「LA-LA Deux」を結成しました。
1990年にはインディーズデビューし、ライブやアルバム制作などで活動。その後、2001年からはソロのシンガーソングライターとして歩んでいます。
楽曲提供もしており、TOKIOの「Only One Song」「Nice Guys」、滝沢秀明さんの「under world」、今井翼さんの「2nd face」などで作詞・作曲を担当しています。
どうしても「菊池風磨さんのお父さん」という肩書きが先に目に入りますが、経歴まで見ると、常利さん自身がかなり長く音楽の世界で活動してきた人なんですね。
「A・RA・SHI」では何を担当した?
嵐のデビュー曲「A・RA・SHI」で、菊池常利さんが関わったのは作詞です。
正式なクレジットは、
作詞:J&T
作曲・編曲:馬飼野康二さん
となっています。
菊池常利さんのプロフィールでも「作詞:J&T(TWUNE)」と記載されています。
そのため、「菊池風磨さんの父がA・RA・SHIを作曲した」という説明とは少し違います。常利さんが担当したのは、J&T名義での作詞です。
J&Tについては「Johnny's & TWUNE」の略と報じられたことがあります。ただ、この名称の意味そのものは、現在の本人プロフィールでは明記されていません。
菊池常利自身はジャニーズに所属していた?
菊池常利さん自身が、ジャニーズ事務所に所属していたとは分かっていません。
このあたり、言葉だけを見ると少し混ざりやすいんですよね。
常利さんは「A・RA・SHI」をはじめ、ジャニーズ所属アーティストへ楽曲を提供してきました。
でも、
「ジャニーズの楽曲を作った人」
と、
「ジャニーズ事務所に所属していた人」
は別です。
常利さんとジャニーズに音楽を通した接点があったことは分かっていますが、本人が所属していたという話までは出ていません。
菊池風磨と父・菊池常利はどうつながってきた?
父が音楽家で、息子の風磨さんも芸能界へ進んだ。
ここだけを切り取ると、「やっぱり父の影響が大きかったのかな」と見えてしまいます。
でも、父子それぞれが語ってきたことを時間の流れに沿って並べると、もう少し細かい関係が見えてきます。
幼少期に「A・RA・SHI」を聴いていたという父の発言
菊池常利さんは、「A・RA・SHI」を作詞していた当時、幼稚園児だった風磨さんが嵐より先にその曲を聴いていたと振り返っています。
その後、風磨さんは嵐のファンになり、憧れるようになったとも語っています。
しかも、これは父側だけが語っている話ではありません。
風磨さん自身も、父が音楽活動をしていたことで、幼い頃からライブハウスへ行ったり、自宅でギターや歌に触れたりしていたことを明かしています。
「A・RA・SHI」が作られた1999年、当時4歳だった風磨さんは強く心を動かされ、そこから芸能以外の道を考えたことがなかったという趣旨の話もしています。
私はここを読んで、「父が音楽家だったから、そのまま芸能界へ入った」という単純な話とは少し違うなと思いました。
音楽が身近にある環境の中で、風磨さん自身が嵐という存在に惹かれていった。その順番で見る方が、実際の話には近そうです。
入所時に父の存在を前面に出していなかった?
風磨さんは嵐に憧れ、中学2年生のときに自ら履歴書を送り、ジャニーズ事務所へ入りました。
しかも入所当初、父が「A・RA・SHI」の作詞者であることは、あえて事務所に伝えていなかったと本人が明かしています。
その事実を事務所側が知ったのは、入所から2〜3年ほど後だったという話もあります。
ここはかなり印象に残るところでした。
「父がジャニーズの楽曲を作っていた」と聞くと、それだけで親のつながりまで想像しそうになります。
ところが実際には、風磨さんは父の経歴を前面に出さず、自分で履歴書を送っていたことになります。
少なくとも、今分かっている話から「父のつながりを使って入所した」と見ることはできません。
「Cocoa」で父子共作した?
その後、父と息子は実際に一つの作品を作っています。
2019年に発表された菊池風磨さんのソロ曲「Cocoa」です。
クレジットは、
作詞:FUMA
作曲:TWUNE
となっており、風磨さんが詞を書き、父・常利さんが曲をつけています。
幼い頃には、父が関わった「A・RA・SHI」を聴いていた風磨さん。
それが大人になって、今度は自分の言葉に父が曲をつける形で一緒に作品を作っています。
私はこの流れのほうが、「父も音楽家です」というプロフィール以上に、2人の関係を感じられる部分でした。
菊池風磨の父・菊池常利は現在何をしている?
菊池常利さんは、2026年現在もシンガーソングライターTWUNEとして音楽活動を続けています。
「A・RA・SHIを作詞した人」という過去の実績だけで活動しているわけではありません。
2026年3月には「いいよ」をライブ限定でリリースし、作詞・作曲も自身で担当しています。
また、同年8月21日には「常演会〜常夏」の開催も予定されています。
YouTube再始動後の活動は?
YouTubeでの発信も続いています。
2025年にYouTube活動を本格的に再始動し、その後は「TWUNE now 気分常常RADIO」を展開。
2026年8月時点では、同企画が#110まで公開されています。
XやInstagramも公開しており、Xでは2026年8月現在もライブなどの活動告知を行っています。
YouTubeだけに活動を移したというより、もともとの音楽活動を続けながら、発信する場所が増えているという見え方です。
菊池風磨との共演は現在どうなっている?
「Cocoa」での父子共作はありますが、その後に新しい父子共作や直接共演が実現したと分かる情報は、2026年8月時点では出ていません。
2025年、常利さんは風磨さんとの共演について「簡単じゃないかもしれない」という趣旨の話をしています。
この一言だけを見ると、少し意味深に感じる人もいるかもしれません。
でも、ここから「不仲」「疎遠」とまで話を広げるのは違います。
2025年末には、風磨さん側でも父のアクリルスタンドが話題に上がる場面がありました。
表立った共演が多い父子ではない。それは分かります。
ただ、それだけで関係が悪いとまでは言えません。
菊池風磨の父の年齢・学歴・顔写真は?
菊池常利さんは、誕生日や学歴、顔写真などもある程度公になっています。
ただ、年齢については、思っていたよりはっきりしていません。
年齢・生年月日は何が公表されている?
菊池常利さんの誕生日は3月9日です。
本人も3月9日を誕生日として発信し、誕生日ライブを開催しています。
ところが、生まれた年については現在のプロフィールで明示されていません。
そのため、「1965年3月9日生まれ」「2026年現在○歳」といったところまでは言い切れません。
学校の卒業年度などから生年を推定することはできますが、それは本人が公表した生年月日とは別の話です。
年齢までかなり具体的に語られていることもありますが、実際に公表されているのは3月9日という誕生日まで、というのは少し意外でした。
学歴はどこまで確認できる?
菊池常利さんは福島県矢祭町で育ち、
関岡小学校
矢祭中学校
棚倉高校
へ通っていたことが分かっています。
小学校と高校については本人自身が母校・通っていた高校として触れており、中学校についても卒業生として記録されています。
その先の大学については、進学したとも、進学していないとも明確には公表されていません。
美容師免許を取得していることなどは分かっていますが、そこから「大学には行っていない」と決めてしまうことはできません。
顔写真はある?菊池風磨と似ている?
菊池常利さんは顔を隠して活動しているわけではありません。
現在の姿は、本人の公式サイトやSNSなどで見ることができます。
風磨さんと「似ている」という声もあります。
ただ、父子本人が「顔が似ている」とはっきり認めた発言までは分かっていません。
このあたりは、写真を見た人それぞれの受け取り方が入りそうです。
「写真が公開されている」と「そっくりだと本人たちも認めている」は、同じ話ではありません。
菊池風磨の父に再婚説がある?家族について分かっていること
菊池常利さんには再婚説もあります。
ただ、この話はかなり具体的に語られているわりに、実際に公になっていることはそれほど多くありません。
離婚や再婚そのものを事実として言い切れる情報は出ていません。
再婚・離婚について公表された情報はある?
菊池常利さんの結婚時期や離婚、再婚について、はっきりした公表情報はありません。
なので、
「再婚している」
とも、
「再婚していない」
とも言い切れない状態です。
家族について本人が語っていることはありますが、それだけで現在の婚姻状況まで分かるわけではありません。
再婚説はかなり具体的なのに、その前提になる離婚や再婚の経緯は意外とはっきりしていないんですよね。
弟・妹と「連れ子」説はどこまで分かっている?
風磨さんが3人きょうだいの長男で、弟と妹がいることは分かっています。
弟はプロボクサーの菊池音央さんです。
父・常利さん自身も家族について「長男」「次男」「娘」という表現を使っており、風磨さん本人も弟と妹がいることを明かしています。
でも、弟や妹を「再婚相手の連れ子」とする説については、そこまでの経緯は明らかになっていません。
だからといって、「連れ子説は完全なデマ」と決めることもできません。
さらに、「きょうだいの年齢差が大きいからこの噂が出た」という説明についても、本当にそれが発端だったのかまでは分かっていません。
私はこの部分がいちばん、「噂の具体性」と「実際に分かっていること」の差を感じました。
話だけを読むと背景まで決まっているように見えるのに、そこまで踏み込むと分からない部分がかなり残っています。
まとめ|菊池風磨の父について分かっていること
菊池常利さんという名前には、「嵐のデビュー曲を作詞した菊池風磨さんの父」という印象がどうしてもついて回ります。
でも父子の話を追っていくと、私はむしろ、風磨さん自身がどこで憧れを持ち、どう芸能界へ進み、その後父とどこで音楽的に重なったのか、その流れのほうが印象に残りました。
その一方で、再婚や連れ子説はかなり具体的に語られているのに、実際には分からない部分が多いままです。
父の経歴にははっきり見える部分があり、家族の噂には見えない部分が残っている。その差まで含めて追うと、「有名音楽家の父」という最初の印象より、もう少し立体的な父子の関係が見えてきます。





